戦いに疲れた・完全に負けた・バカバカしいと自覚した時



管理人Junna (@myremin) です。ここ2、3日、ジェットコースターみたいな時を過ごしていました。僅かな間に人生を激変させる出来事あり、人生の転機となる大事な出会いあり。

最近の記事で非公開スペースを作ると書きましたが、ちょっと保留にします。

なぜ私はこんなに鼻息切らして(笑)ガンバってるんだろう、と虚しくなり、バカバカしくなったのです。そこまでする必要があるのかと。ダメージこそ受けることはあっても、何のメリットもなければ、身の危険だってないとは断言できないのに。

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まもなく日本から出国し、今後日本で起こることを心配する必要がない状況の私が、日本にいる人々を心配して先を案じていろいろ調べたり、発信したり、注意喚起したり。

でも、肝心の戦わなければいけないはずの当事者、日本に残って地震と向き合っていかなければならない当事者たちが、聞きたくないと耳を塞ぎ、見たくないと目を瞑り、考えることをしない、この対照的感。空虚感。バカバカしさ。

多数の人々はすでに、目を瞑る・耳を塞ぐ・思考を止めることを選んでいるのです。

思考停止の大多数という大きな魔物と戦って勝つことなどできないし、止めたいから救いたいから戦おうなどと思うことの方が何かの間違いでした。

原発事故後も同じことを思ったのに、懲りない自分。

目を瞑られたら、日本の国土も潰されるし、こちらにもいろいろと悪影響があるのだけど、そうしていることが幸せというなら、もうどうしようもできない。

またしても「歴史にない大地震」が起きようが、大津波が街を飲み込もうが、後で本人だけならず家族や子どもがガンや白血病などになって苦しもうが、それでも現状を変えないことを選んだというならば、どうしようもできない。それぞれの自由なんだと。

足を引っ張り弾圧してくるのは政府ではなく、身を守らなければならないはずの国民なのです。同じ思いをしてきた方は多くいるでしょうし、巻き込まれてほしくないと切に願います。

私は「すべてを疑う」「状況証拠が存在することは裏までもを想定する」「こういった話を理解できる」方と繋がりたいし、話の通じない人を相手にして無駄な時間を過ごしたくないのです。

リアル社会なら「その人には会いたくない」で会わずに済みますが、ネットだと誹謗中傷や揶揄や火消しや妨害などの形で、予想外のところから頻繁に一方的に現れるのです。
 

「ネット監視法」により、遅かれ早かれ、いずれ「タブー」は発信できなくなる

シンガポールで、政権批判のブログを書いた日系オーストラリア人の女性が逮捕されました。今後の日本もそうなっていくものと思われます。熊本大分大地震のどさくさで、「ネット監視法」が参議院において可決されました。

日本の場合、政権批判的な内容を書いている人は多くのジャーナリストを始め山ほどいるし、首相など単なる操り人形でしかないから、打撃がないので特に何もされないのではと思えます。

それよりも問題は、ジャーナリストも触れないタブーとされていることです。

たとえば、放射能に対して最初は大きな弾圧を感じました。御用工作員と思われるアカウントが大量に湧いてきました。

最近ではそれほどでもないのを思います。放射能に関してはもう脅威ではなくなったと判断したのでしょう(今や大多数が何も気にせず普通に暮らしてますから)。

問題は、日本でタブーとなっていることで、多くが触れていないことです。たとえば人工地震の可能性。これについて触れるとウジ虫かのごとく妨害や誹謗中傷が湧いてきます。

まだ工作員というならともかく、そうではない一般の人と思われる人も含まれます。

きわめて論理的に状況事象を取り上げて推論しているわけですが、日本にはそうやってロジックに考える習慣は存在しないようです。

海外で普通に通じたり受け入れられていた思考回路が、日本では受け入れられない。

五感で感じていても、受け入れたくないものは受け入れない。聞きたくないものは聞かない。見たくないものは見ない。信じられないものはトンデモ扱い。非常に幼稚です。

だからスイスでは掘削で地震が起こったとして開発企業の社長が訴えられましたが、日本ではトンデモ扱いで終わりです。

・スイスでボーリングが原因で地震発生、開発企業が刑事告訴される→→事実
・熊本自衛隊分屯地でボーリングがされていた→→事実

とくれば、疑いを持つのは、考えることのできる脳を持ってる人なら本来当然。「スイスで地震が発生したことが認められたなら、では同じことをされている熊本のはどうなのか?地鳴りがすごいというが、その可能性はないのか?」など。

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画像は以下より:
熊本地震の震源と言われる陸上自衛隊高遊原分屯地でボーリング調査が5本が判明!
 

ところが日本人の多数は自分の頭で考えられず、独自の意見を持たず言えず、多数に追従するだけですから、スイスで認められ訴訟になる出来事が、日本ではトンデモ話で片付けられてしまう。レベルが違いすぎるのです。

「1992年までは人工地震のことは大手新聞紙にさえ載っていて、それ以降は一切を封殺されている」という事実、かつて米国の公式文書に「日本本土への地震兵器による心理的軍事作戦」というタイトルで「日本を地震攻撃する内容」が記載されていたというのは事実です。

これらを重く受け止めるべきでしょう。


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日本本土への地震兵器による心理的軍事作戦

英語原本資料
 

1992年から一切の人工地震報道記事が消えた真相とは!

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無知な知識を当然のことかの如く振りかざして人を批判する前に、自らが無知でないかどうか、無知による思い込みを押し付けていないかどうかを振り返るべきでしょう。
 

洗脳教育も大きいながら、遺伝子レベルで運命は決まっているのかもしれない

日本の戦後からの洗脳教育が日本人をダメにしたというのはまさにその通りだと思うのですが、それだけではないのかもしれないと思うようになりました。

人は皆平等などと言いますが、努力ではどうにもできないことで差が生まれ、「得をする度合い」にも差が出てきます。

身長が高く生まれた人と低く生まれた人では、人生において得する度合いが違います。美人に生まれた人と、そうでない人も同じく人生における得する度合いが違います。努力は関係なく、遺伝子で決まります。

子供を授かった人と、何をどうしても授からない人では、「子孫の有無」という結果において得する度が違います。努力は関係ない、というよりむしろ、高額なお金をかけて治療するなど多大な努力をしてる人ほど逆に報われていません。

遺伝子レベルですでに、人生で得をする度が違う。自分の努力ではどうにもならないところで。

先天的に元から与えられたものは、とっても不平等なんです。

その不平等の差を、何か別の形で埋め合わせられるかどうか、そこからが個人の姿勢・努力・行動というだけ。身長や美貌に恵まれなかったら、努力で解決できる別のことで恵まれて幸せになる。子に恵まれなかったら、子がいないからこそできる人生を謳歌する(養子を受ける等も)。

実際に占いの分野で、「先天運」(元から持って生まれた運)「後天運」(生まれてからの努力で切り開かれる運)という言葉も存在するのを見ています。

同様に、

生きていく能力においても、遺伝子レベルでもう決定づけられているのかもしれない

と思うわけです。

先天的に考える力を持ち合わせていない状態で、後天的に洗脳される・・・☓
先天的に考える力を持ち合わせている状態で、後天的に洗脳される・・・☓
先天的に考える力を持ち合わせていない状態で、後天的に洗脳されない・・・△or☓

先天的に考える力を持ち合わせている状態で、後天的に洗脳されない・・・◯

こんな風に超単純に並べてみただけでも、多くはないことがわかります。

「気づくことができる」「すべてを疑うことができる」「その姿勢を理解できる」という人はほんのごく一握りなのでしょう。そのことを理解して、大衆を救おうとか壮大過ぎることを考えるのは止め、自分の人生を生き、または変えるため、自分のために尽力するのがベストでしょう。
 

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