これまで自分に言い聞かせ、自分を洗脳していました。



ブログ更新を休んでいる間に、これまでの長野の住居を引き払い、家電一式を夫の新居となる岐阜に移しました。いわゆる引越です。

私は海外へ移るので、岐阜の家は私の夫が住むことになります。ということで夫の新居&引越しのサポート。

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私は日本に定住する気がないし、夫は日本を離れる気がなく。この先どうなるかさっぱりわからないけれど、2016年から別居生活です。いきさつのごく一部をこちらに書きました。

身の危険を感じた時にこそ、本当の答えが

日本にいて心身ともにまいってしまったことは上記の記事にも書いたけれど、日本にいた時に元気を失ってたというより、よくよく考えるとこれまでの5年間そうでした。(3.11震災以降の5年間)

どうしてかわからないけれど、なぜか?自分の望んでいない現実を引き寄せてきてました。今回の日本滞在に終始するまで。自分が本来望んでいたはずの姿からは、遠ざかるばかりでした。

なぜそうなってしまったのだろう…?と、いつからか考えるようになりました。これは自分が本来望んでいた生活でもなければ、在り方でもないと。なぜ、望んでいない方向へと流れ着いてしまったのだろう?と。

整理し切れていない大量の写真を見ていて振り返ると、2010年まで(UK在住時)は幸せだったというのが自分でもわかります。

やっぱり、2011年を境に、そこから一気にどん底に突き落とされた感じです。

そして振り返ると、その後(2012年以降)マニラやパースに場所を変えても、なぜかずっと辛くて苦しかったのです。そして、その果てに「なぜか」やってきた、さらに辛かった日本の生活。

でも、日本という国に住むのは確かにきつかったけれど、それだけが完全100%の理由というわけでもなく。海外では文化や生活環境が問題だったというわけでもなく。仕事や人間関係でもない。

なのに。楽しいことをしても、なぜか常に根底に苦しさが。

その謎がやっと解けました。

1つの原因は、2011年を境に自分が絶望を持ってしまい、その絶望が自分を苦しめていたこと。自分の心の負の部分が、負の現実と人生を連れてきてしまったこと。

どんなに日本が腐っていようとも、周囲が危険性を理解をせずとも、ちゃんと自分の世界とは境界を引いて、それらへの絶望を断ち切るべきだった。それがうまくできなかった。

これは学んだことでもあり、自分の大きな反省点です。

そしてもう1つの原因というのが、私の夫だったのです。

ぶつかり合いも本当に多くなってしまいました。基本的に私らが日本に来てからです。

日本に来てから最初の半年くらいはよかったのです。私にもまだ日本に対する新鮮さがあって。

その後ベトナムに1ヶ月弱滞在し、そこで「本当に自分の目指したい方向」を再認識してしまったのです。そこから本格的に?歯車が狂い始めました。

原発事故後に離婚した夫婦が本当に多いと聞きます。ある人が知るだけでも、10組とか20組の話ではないそうで。

私に関しても、震災と原発事故後に価値観が一変してしまったので、私が変わってことで噛み合わなくなってきたのだろうと思います。いつしか方向性があまりにも違ってきてしまい、生存に関することにおける価値観も大きく食い違い。

心身ともに健康に生きるという本能が脅かされる環境でずっと我慢してきてたことに気づいてしまいました。そしてそんな環境で自分が麻痺し始めていきました。

今まで(最近まで)それを明確に自覚することができなかったので、まさに洗脳が解けたという感覚です。洗脳から目が覚めた。

自分が感じる恐怖や現実を理解してくれなくても、ゆえに自分が我慢していても、「一生自分と一緒にいる人」「どうにもできない」と自分で自分を洗脳し、またそう信じて疑わず、蓋をしていました。

心療内科に通うレベルまで自分を追い詰めてたのに…おかしいと思いながらも、それでも気づきませんでした。心臓もズキッとしたりして恐怖に怯えていました。

私が現実に対しての懸念等を言えばネガティブ思考扱い。対策を考えるではなく、現実から目をそらして臭いものに蓋をすることがポジティブ思考…という価値観は私には受け入れられませんでした。彼にとっては私がどうこうより、日本が優先。私が持っていた危惧は彼の中には存在せず…。

長らくにわたり理解者となっていろいろと支えてきてくれた面があることも事実であり、これらも含めて彼に感謝はしているし、信頼もリスペクトもしています。10年という長い月日のほとんどを一緒に過ごしていたので、情もあります。

問題を解消する方法は簡単です。私がすべてを忘れてSNS等もシャットアウトして、思考停止・現実逃避すればいいのです。
 

自分に洗脳されていた・・・真の精神自立ができていなかった自分

1年前に、日本に来る前にこんなことを言ってました。

「望んでなくても、伴侶がいると自分の意志だけではどうにもできない」「だから日本に行く」

その頃はまだ夫と別々に生活するというアイデアは私の中に存在しませんでした。常に一緒にいるものだと思い込んでいました。

ところが実は違いました。

本当は、自分の意志だけでどうにでもできたのです!拒否してどこかに行くこともできたのです。

「自分ではどうにもできないんだ」「一生一緒にいるのだから」と自分で自分を洗脳していました。自分に洗脳されていました。

その意味でも、真の自立ができていなかったと思います。気づけませんでした。

辛い暗闇だった期間は、長い人生における学びの期間だったと思うことにします。

辛かった2015年にピリオドを打ち、辛かった5年間にピリオドを打ち、望まない人生にピリオドを打ちたいと思います。

今は再び未来を考えることができるようになったし、新しい希望が見えます。自分なりの人生の転換期の気がします。

2015年の終わりに、自分が作り上げていた自分発の洗脳から解脱することを学びました。2016年は、そして今後は、脱洗脳して新しい希望に進んでいきたいです。
 

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