初めて生まれた日本への見方、新たに体験したパラレルワールド



わけのわからない意味不明系なタイトルですみません(^_^;) 日本に帰国中のブログ主Junnaです。日本に帰ってきてかれこれ3週間がたちました。

マレーシアで待っていたのは、心身心底からの「消耗する生活」だった

前回日本から出るまでの間、いろいろと息苦しくて早く日本を脱出したくて単身脱出を決行したわけですが、今回日本に来て、逆に日本の良さを初めて味わいました。

厳密に言えば、長野から岐阜に引っ越してから、自分のスペースができて息苦しさがなくなっていたのです。ただもうその時はマレーシアでの仕事も決まっていたので、脱出決行しました。

ところがマレーシアでの就労生活で待っていたのは多大なる消耗でした。確かに息苦しくはありませんでした。自由ではありました。でも、消耗した。。

私は過去すでに3ヶ国に在住経験があり(英国、豪州、フィリピン)、海外暮らしに馴染めないとかそういう類の消耗ではなく、主にクアラルンプールの交通インフラの悪さに消耗してしまったのです。

マニラではバイクタクシーも乗り合いジープも数分に1本のペースであり、そこにさらにバスもタクシーもあったので困ったことはありませんでした。

また英国では自家用車がありましたが、徒歩で市街中心地へもスーパーへも問題なく行け、バスも充実していたのでこれまた困りませんでした。豪州でも市街地からすぐ近くに住んでいて徒歩圏で生活が完了し、加えてバスもあったので困りませんでした。

またマニラでは会社が送迎車を用意していましたが、そういうのもクアラルンプール(KL)では一切ありませんでした。僻地みたいな所に会社があるくせに自力で来いと。至近に住居はなくバスもないのでタクシー/Uberで通勤するしかありません。

KLでは、純粋に仕事の都合で郊外に住んでいました。それもありましたが、基本的に市街に住んでも徒歩で生活できる仕様になっていないために車のない生活、交通インフラのない生活に心から疲弊。

ちなみに自転車で生活するという選択はありません。ひったくりの格好のターゲットになるわ、轢かれるリスク激増だわ、自転車自体も盗まれてしまうでしょう。

駅近くに住んだとしても勤務先が駅近いわけではないし、Uberがあるのが唯一の助けでしたがUberも毎日となると高くつきます。特に通勤時間などは現実的な値段じゃありません。

また車を買うと言っても日本の2倍も価格がする上に外国人でローンが組めずに一括払いなので(勤続年数など一定条件を満たせば別)、おいそれと車も買えません。やっとまもなく車を買えることになりましたが…。また車を買ったら買ったで、日本のGWのような激しい渋滞が待っています。

話がそれましたが、文化の違いに疲弊したわけではなく、他の国では経験しなかった交通インフラのダメさに疲弊してしまったんです。無駄に毎日30-40分などバスを待つ生活に疲れ切りました。

日本では車も安く買えますし(私も日本には車があります)、普通に自転車にも乗れます。都市ならば公共交通機関で間に合うでしょう。日本が本当に天国に思えました。
 

数ヶ国に長く住み何度も帰国してるのに、「日本の良さ」を初めて発見

日本に来てから、上記のような理不尽から解放されました。公共交通機関には恵まれててあちこち待たずに動けるし、自分の車もあるし、KLのよう理不尽に待つことを強要されることがなくなりました。

また便座が濡れていたり汚れていることがデフォルトのマレーシアから来て、日本の便座は大概拭かなくても座れることにも改めて新鮮でした。でありながらちゃんとクリーナーもつけられてたりする。そもそもトイレの使い方が綺麗。

バス停はバス停で時刻表がちゃんとついている。しかも遅れとも言えない2分程度の遅れでほぼ定刻に到着。

本来日本で当たり前だったことのはずなのに、マレーシアKLで1年暮らして初めて、その当たり前に感動。

不思議なことに、日本が天国に思えていたら、ラッキーなことばかりが起こりました。タイミングに恵まれるわ、良い人やチャンスに出会えるわ、お天気に恵まれるわ。。

KL生活の時は逆でなぜかタイミングがいつも悪く(バスが寸前で行ってしまったり)、タイミングの悪さでいつもイライラしており、3針縫う大ケガもしてしまったりで、こんなはずじゃない、もうこんな生活疲れた…と思いながら過ごしていました。

日本がいろんな意味で危険でマズい状況になっているのは百も承知ながら、KLで苦しんでた状況を脱して日本に戻って幸福感を得ることができた経験から、いくら海外の方が政治的に安全であったとしても「自分にとっての自分独自の幸福」という視点においては、必ずしも日本を出ることだけが幸せなのではないということも今回学びました。仮に日本が壊滅するとしたとしても。

「(ネットやSNSなどを含め)世間で言われているところの日本」から離れた世界で過ごしていけるなら、不安も不幸もなく日本で過ごしていけるのでは、と思ったわけです。それが今回のタイトルに書いた「パラレルワールド」。

ツイッターでSNSでネットで何と言われていようとも、自分は自分が作り出した世界に生きる。世間に言われていることとは違う「パラレルワールド」で。今の日本で、これまでずっと日本にいて、そんな風に考えるのは難しいことかもしれません。

私はいったんマレーシアという場所に住んだためか、自分が幸せでいられるような「パラレルワールド」を初めて見つけることができた。ツイッターを見ていても、そんな「パラレルワールド」に生きている人は意外といるんですよね。そしてとても美しい景色の写真を発信していたりする。不安感や不満はどこにも見られない。

とはいえ、共謀罪も強行採決されてしまったり、いきなり預金封鎖するかもしれないし、いきなり戦争始めるかもしれないし、いきなり徴兵を始めるかもしれないから、いざという時にすぐに海外に行けるような心構えや準備さえ整えておくことは必要ながら、備えさえしておけばあとはがっつり構えて日本で生きていくのもアリだと今回初めて思えたのです。

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「断ち切る」「去る」は正論で大事な行動、でも「それぞれの幸せ」も大事だから

いや過去記事に書いたよう、この政府にギャフンと言わせるためには、「去る」ことほど強力なことはないと今でも思っています。拒否を突きつける、悪政に抵抗する、という視点においてはその考えは変わっていません。

ただ今回は、「各自の幸せ」という視点で考えてみました。悪政に抵抗することを実力行使する正論な生き方であっても、それで本人が幸せでないのであれば、何のための行動と人生なのかとも思ったわけです。抵抗も大事だけど、自分の人生の幸せにフォーカスすることも必要かなと。

ただ、海外に出てもそうだけれど、日本にいてもキツイ現実が待ち構えていることは間違いないです。これからはお上とか国や会社にぶらさがっては生きていけないと思います。日本に残るとしても意識改革が必要でしょう。そこだけは間違いないと思います。

日本の「良さ」は天国ではあっても、それに慣れてはまずいと思う理由

上に書いたとおりですが、私が今回初めて日本の良さや、日本が天国と思えたシステムを支えてきたのもまた日本の人々。そして日本の人々は今、ブラック労働や過労死や長時間労働等、人々が苦しむようなシステムの中に置かれているのも事実。

人々が幸せでいるためには、この「何でもそろった溢れている状態」が、「標準」であってはダメだと思う。あくまで「感謝すべきありがたいこと」であり、それが「普通」ではなく。

普通になってしまったからこそ、当たり前になってしまって感謝を感じなくなった。それがモンスタークレーマーやら本来不必要なブラック労働等を生み出してる。

このことを忘れないでいたいし、再び原点に戻れた意味でも、マレーシア暮らしができたことは自分にとっての人生勉強だったと思います。

(と、まるで撤退してきたような書き方になりましたが、またマレーシアに戻ります)