[国内社会情勢] 日本の異常なゴミ分別の厳しさは世界の常識では間違っている

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ツイッターで「ゴミ分別」のことについて書いたのでこちらにもまとめます。結論から言うと、日本の細か過ぎるゴミ分別は異常レベルであり、世界の常識からすると間違っています。

ゴミの分別などおやめなさい、そして国際化を

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(オランダでは収集したゴミを動力源とするゴミ収集車が登場)

日本国民は極めて真面目である。そういうランキングは世界にないのだろうが、あれば恐らくトップスリーに入るのではないだろうか。昨年の東日本大震災の際にも世界から驚嘆の目で見られたのも、真摯な国民性によるところが大きい。

しかし、この真面目さや我慢強さは一方で危険な面も持っている。自分の意見を貫くことよりも和をもって尊しとするために、強い意図、あるいは既得権益を守りたい人たちに乗せられやすいのだ。

第2次世界大戦へ向かった日本の例までさかのぼることをしなくても、あれだけ大規模な原発事故を起こしても、既得権たっぷりの原発村の強固な組織を崩すことができない。また、日本の成長や発展はそっちのけで自らの既得権益を守ることを最優先する官僚組織にもなかなかメスが入らない。

(上記は本題に入る前の前置きですが、ここにも強く共感しました)

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ゴミは分別した方がエコというのは本当か

もっと卑近な例の方が分かりやすいかもしれない。毎朝決まった時間に収集に来るゴミ収集車。私たちは朝早く決まった時間に、非常に細かく分別して出すことが当たり前になっている。しかも一部の地域では、ゴミごとに自治体指定の透明なゴミ袋に入れて出さなければならない。

もし、間違ったゴミ袋に入れたら、持って行ってくれない。非常に細かく分別してゴミを出すのは国民としての義務のように私たちはいつの間にか思っている。

しかし、この“常識”は正しいのだろうか。

「世界の常識からすると間違っています」と言うのは、首都圏でゴミ処理業を営む白井グループの白井徹社長だ。

世界、特に米国ではゴミ処理業は効率化が進み企業規模は巨大になっている。そうした企業にとって住民に細かく分別させるのは、ムダなだけでなく企業活動にとっても国民生活にとっても迷惑千万だと言うのである。

その理由は、細かく分別すればするほど、物流効率が悪くなる。専用の収集車を何台も使って集めなければならなくなるためで、それにかかる要員、収集車、時間が加速度的に増える。

分別せずに一度に集めてしまえば効率は極めて良い。ただし、そのあとでプロがまとめて分別するためにゴミ処理業の集約化、大規模化が必要条件になる。

日本のような効率の悪いシステムでは、より多くの税金が無駄に使われる結果にもなります。

なぜ日本は世界一ゴミ分別に厳しい国なのか?海外との違い4パターン

日本で生活し始めたばかりの外国人が最初に苦戦することいえば、ごみの分別。「何をどこに捨てればいいのかわからない」、「ルールが多すぎる」など、外国人にとっては日本でのごみの分別は厄介で難しいという。

日本はゴミ捨てに関するルールの細かさや厳しさでいえば、世界トップクラスである。これほどまで厳しく、これほどまでに多くの国民が素直にルールを守っている国は他にはないのではないだろうか。(中略)

ヨーロッパやアメリカなどの先進国でも、一応はゴミを分別している。しかしゴミの分け方は日本ほど細かくなく、「普通のゴミ」と「リサイクルできるゴミ」の2種類しかない。さらに、こんなに簡単に分別できるにも関わらず、「リサイクルできるゴミ」を「普通のゴミ」用の箱に入れてしまっている人も少なくない。

それではなぜ日本人はややこしいゴミ分別をやってのけるのか。それは、日本人がルールに厳しい国民性だからである。

日本ではルールはルールであり、ルールを守らない人は”常識のない人”だと思われてしまう。日本人がルールを真面目に守れるのは、集団主義社会特有の「他人の目」の恐怖が背景にあってこそではないだろうか。

私管理人がこれまで住んだ国すべてで、ゴミの分別は、せいぜい2、3種類でした。「可燃・不燃・リサイクル」の3種類か、または「一般ごみ・リサイクル」の2種類か。

上記にも引用で記していますが、このレベルが世界の常識でしょう。ゆえに分別に悩まされるようなことは一切ありませんでした。普通の世界がそこにありました。

また西豪州に関しては、ビンも缶も一般ごみも同じゴミコンテナだったのが最初はびっくりしました。分別は、ゴミが回収されてからされます。ゴミ分別の大規模システムが完成しているのです。

そしてここまで緩くてもちゃんと分けない人がいるほど。日本でも昔はもっと緩かったはずです。


日本のゴミ分別を、日本に住み始めた一般外国人が知ってその通りにしろなどとなったら驚愕することでしょう。私は夫が外国人ですけど、何度言っても分別がちゃんと完璧にできません。細かすぎて無理なのです。

私のところでは8種類の分別となっています。よくみんな、こんな異常に細かいゴミ分別で、文句も言わずに受け入れてると思います。私はギブアップしました。

分別だけでなく、資源ごみなどの収集回数も少なすぎます。今の日本で売っている食品等の包装のほとんどが「プラ」でありながら、「プラ」ゴミの回収は週に1回しかないため、すぐにいっぱいになってしまいます。

缶やビンなどの資源ごみに関しては、1ヶ月に1回しか収集がありません。また他県他地域に住む友人いわく、その市では資源ごみの回収自体がないそうです。すべて自分でスーパーや清掃センターへ持ち込みです。

これらのあり得なさにびっくりしました。

そして、まさにこういう社会構造によって、理不尽なゴミ分別が支えられています。そしてそれが正しいことなのかどうか、評価するべき存在もなく。

「ここまで細かいのは本当に本来あるべき形なのどうか?」「こんな細かい分別が日本以外でもされているのか?」等と自分で考えて疑問を持つ人がほとんどいない。

「皆がやってるから」「常識だから」「ルールだから」…それらの言葉で済まされてしまい、おかしいことをおかしいと思う人や、「ここまでさせるのは異常なのではないか」と声を出す人がいない。

その現実にも驚愕します。

以下にもあるけれど、そういった自分の意見を持たずに付和雷同となり、そのあげくには既得権益が利権を貪ることに貢献してしまう結果に。

日本の「縦割り」システムのせいで、効率化されないゴミ収集と分別。

で、そこまで分別にうるさい割には、とんでもない過剰包装なのです。

たどっていくと、そこには「利権」が存在することがわかります。振り返れば、汚染ガレキ焼却の時も、利権目的で拡散・焼却されました。

国や役人や業者の利権のために、国民はありえない異常なレベルの分別を、高い税金を払いながらされているのです。
 

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