[国内社会情勢] 日本国に生まれ育って抱えた、健全に育つことができなかったトラウマ

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だいぶ前の話になるのですが、私管理人もある時期に「奨学金」の返済で苦しんでいました。

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参考:
【悲惨】奨学金の返済延滞者が17万人に!遅延損害金を含めて300万円の一括請求が来た事例も!延滞でブラックリスト入り

仕事を失ってしまったり、親の面倒を金銭面で助けていた時もあり、一時期は自転車操業状態、滞ることが続くとどんどん利息が膨らんでしまってなかなか減らない。

20代前半、まだ海外に出る前ですが、それこそ仕事を3つ掛け持っているような状態でした。昼間の営業系の仕事を持ちながらも先輩のカラオケスナックバーを手伝ったり。

なんとか少しお金も作り、海外も行き、その後も借金を返してきたのですが、また就職難。目標の仕事に就くという目標のために、就職活動しながらも日雇いの仕事などもしました。

教育を受けるのになぜお金でこんな思いをしなければいけないのか、そんなシステムによってまっとうな生活さえ破壊されている、おかしな国だ、という国への怒りは、その頃から持ち続けていました。

私の場合は、原発事故以降に限ったことじゃなかったんです。国や社会や親への怒りは尋常なものではありませんでした。
 

日本で育ったこと自体が、自分の生涯のトラウマに

振り返ると、私が日本で育ったことはトラウマでしかありません。家庭も機能不全家庭だったのも1つですが、教師からも目の敵にされるような扱いを受け続けてきました。小・中・高校で。

そして、それを話せる相手も誰もいませんでした。子どもの頃から、我慢の連続。苦しさの連続。小さい頃から、若い頃から、自分は日本という国に合いませんでした。

なぜ海外に生まれなかったのだろう、なぜ海外に行けるような親でなかったのだろう…

境遇を恨んでばかりいました。境遇を恨む癖がついてから、すべては外部や社会のせいだと思うようになりました。そして20代前半という若い頃からすでに人生に投げやりになりました。

そういった苦労を抱えることなく欲しいものや姿を手に入れている他人を羨み妬むような、負のオーラ万開の、本当に嫌な自分になってしまいました。

「同世代なのに元から親から与えられて不公平だ、私のように子供時代にお金の苦労もしてないなんて許せない、私と同じ苦労をするべきだ」と他人が自分と同じ境遇の苦しみを味わうことを望み、強い憎しみさえ向けていました。

そんなおかしな自分になってしまっていたのも、元をたどれば「自分」を持つことを許さない、日本国システム・日本社会システムが原因だったと思います。

「自分を持つ」ことを教えられていたら、自分の人生は自分次第だともっと早くに気づけていたことだろうと思います。「皆に従わなければいけない」を強要される中では「自分で変えられる」なんていう発想は生まれません。

自分の行為でこんな不遇を迎えたなら自業自得だけど、何の責任もない子どもの時からこんな思いを受けてきたし自分のせいじゃない…と自分の境遇を嘆いてました。

精神衛生上悪影響を及ぼす環境にいたことが最大の原因です。そしてこの日本社会システムの犠牲になり続け、苦しみ続けたのです。

日本が全体的に毒親的社会なのもそれが原因かと。個よりも世間体や周囲が大事なシステム。そのためには自身の子どもまでもを否定。それが全体に表れてるのではないでしょうか。

ネットがなかった当時は、周りでこんな思いしている人も、そういう人と話せる機会も皆無。

上京するまでは田舎だったので、東京などと同じような雑誌や書籍も売っておらず、情報は本当に入りませんでした。またそんなお金もなく買えませんでした。

その頃にネットが使える環境だったなら、間違いなく欧州などの大学に行ってました。

バブルの恩恵はまったく味わうこともなく就職氷河期を味わい、かといってネットもなく、一番のハズレくじ世代だったことは確かです。
 

もがきながら苦しみながら、辿り着いた答え

でも、皮肉だけど、答えは苦しみながら自分で見つけるしかありませんでした。

苦しんでもがきながら、幸運にも得ることができた答えは、「自分の人生は自分にしか変えられない・自分の人生は自分で変えられる」ということでした。

そんな風に思えるようになるとは、露ほども思ってませんでした。だって、すべてが外部や社会のせいだったのですから。

その答えに行き着くことができたのは、ネットの台頭が大きかったです。ネットが普及したことによって、私がそれまで知らなかった視点・価値観に出会うことができました。海外生活も1つのきっかけでしたが、海外生活の前に気づいていたように思います。

違う視点を得られたことによって、自分が本来持つ力を信じることができるようになり始めたのです。

その後、英語も習得し、英語を使う目標の仕事に就くことができ、大手外資グローバル企業でも働き、海外出張・滞在もし、お金も作り、奨学金も残りを一括返済。

腐った日本のシステムに別れを告げることができるのも、自分次第なのだということがわかりました。

それがなかったら、今の自分はなかったことでしょうし、今でも引き続き海外にも出ることなく「社会が悪い・国が悪い・他人が悪い」と、外部のせいにし続けていたと思います。

そんな過去もあり、すべてを外部や他人のせいにしている人の心境が、まったくわからないわけではないのです。理不尽ながらも軸を自分に置き換えようとする発想を持つか、それをせずに変わらず何かのせいにし続けるか、の違い。

腐った首相が仕切っている国が悪いのは確かに事実ですが、そんな国を出るという選択肢もあるわけです。それが自分に軸を置くということ。

自分軸を持てれば、いきなりは無理でも、実現のために少しずつ自分の現状を変えていくことから始めるという選択ができる。

国でなくてもいいです。職場・仕事を変えるなど、自分の先と人生は自分で変えることができるわけです。

それが、ここで言うところの「新しい視点・価値観」に該当することだろうと思います。今まで知らなかった「外側からの視点」を知るというのは本当に大事なことだと思います。

(長くなったので、別題でいずれ続きを書こうと思います:)

(激しく同意にて引用しました:)
 

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