「危険から離れる」という真っ当な正論より「食べていける」を人は選んでしまう

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放射能汚染からの避難問題などを考えていて思ったことがあります。

人が選ぶ・選ばざるをえないのは、真っ当な正しい正論よりも、自分・自分たちがこの先、心配や不安なく食べていけることだと。

土壌検査で、汚染されていることが明らかになった東京。東京の汚染はキエフ並であることもわかっていますし、また東京の子供たちの尿からもセシウムが検出されています。

東京の放射能汚染から目をそらしている・認めてない受け入れてない人はともかく、そうではなく現実を理解した人であっても、それでもなお東京から逃げないケースがとても多いです。

いろんな理由事情があると思いますが、圧倒的に多いのは「仕事」「お金」「安定」「これまで通りの変わらない日常」を失いたくない・失うことへの恐怖という理由。

現実、勤め仕事を前提に考えれば、東京を離れ転職でもしたら、同じレベルの給料を地方でもらえることはないでしょう。東京から逃げるということは、お金や安定や仕事を手放すということ。これまで通りの恵まれた日常を手放すということ。

一定の層の人々にとってそれらを「手放す」という行為は、「実際になるかどうかもわからない病気を心配する」ことよりも、遥かに高いリスクなんですね。

だから東京でキエフレベルの汚染が確認されても動かない。東京で子供たちの尿からセシウムが出ても動かない。また放射能に色がついているわけでもなく、匂いがするわけでもない。「直ちに影響がある」わけでもない。

手放すことができない彼らにとっては、東京から地方に移ることで仕事や収入を失い食べていけなくなるというのは、なるかもわからない病気を心配することより遥かに高いリスクでしかないんです。

住宅ローンという足かせがある人も多いことでしょう。しかし売却に真剣に力を入れる選択もできます。実際に私の身内は首都圏で住宅ローンを抱えていましたが、その状態で住居を売却することができました。

また、命や健康を考え動くことを第一にした結果、やむを得ず借金整理や自己破産を視野に入れる選択もあるわけですが、それを考慮するという人もほとんどいない。

東京で仕事を続けていたところでリストラされる等のリスクもあるわけです。今は一生安泰に勤められる時代でもない。だったら先に動いてしまおうというメンタリティに切り替えることもできます。

ただ、それでも彼らにとってはリストラなどは自分で望んで動く避難移住とは違って不可抗力であり「本意ではないけれど動かされる」「仕方ない」という強制的なもの。

逆に言えば強制的に動かされる状況にでもならないと動かない。またその場合は希望退職金もあることでしょう。

でも、思ってもない状況で、いきなり突き落とされるという試練ほど辛いものはないですよ。心の余裕があるうちに自ら選択をする方が、まだ打撃が少ないとも思います。

「正論」は、「汚染された地から逃げること」。

けれど実際に多くの人々は、「正論」ではなく、「これまでと同じ日常」「安定した生活」「心配なく食べていける」ことを選びます。

そして「メディアが報じてない」「他に誰もそんなことを心配していない」を大義名分にすれば、放射能の懸念ということ自体をきれいに封印することができます。そうすればこれまでの生活通り。不都合なことには蓋をして忘れてしまえば何も問題はなくなる。

そして、そうするのはとても楽なこと。自分は何も手放さなくていいし、変わらなくていい。わざわざ「起こりえるかもわからない」リスクを取らなくていい。

けれど、健康はすべての資本であり、病気になったら仕事だってできないことまで真剣に考えているでしょうか。おそらく多くは、そのことに蓋をしてしまっているか、または目の前の生活でいっぱいいっぱいでそこまで考えられないのだと思います。

長期的視点を持って、起こり得る可能性を考えて、動くことによるリスクを取ってでも、自分の在り方を変えるのか。

はたまた、放射能汚染などの不都合なことはすべて封印し、理由を並び立て、これまで通り変わらなくていい楽な道を選ぶのか。

国は何も助けてくれない中、「自分の人生や生き方に責任を持つ」「自己責任による自由選択」という課題が日本人に与えられています。「変わりたくない」「誰かが変えるべき」という価値観は、これから化石となっていくのです。その価値観にしがみ続けていれば、待っているのは淘汰だけ。

悪いのはもちろん国であり東電ですが、すでにこれまでの非道に見られるよう、「国民を助けない」「見捨てる」と宣言しているのです。

それに対してどう対峙するのかは、今まさに国民に問われていること。

その現実の中では、自分(や家族)の生き方をコントロールするのは自分自身。自身の人生を生きるのは自分自身。子供を守るのは親自身。これっぽっちも信頼できない国にすがって頼り切るのは愚かです。逆に、そんな国に三行半を突きつけるくらいでないと。

「食べていける」を選ぶ。これは私もすごくよくわかります。

しかし、愛する我が子、自分自身が病気になってしまった時に後悔しないよう、「できない理由」を並べる代わりに、「できる方法をとことん探して掴みとっていく」メンタリティを持って欲しいと願うばかりです。
 

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