在日米軍の核ー岐阜にあった米軍の核訓練学校、日本国内の核配備



(この記事は、過去にアップし一旦削除していたものを再び適宜修正しアップしています)

現在、航空自衛隊岐阜基地がある場所に、かつて米軍の基地がありました。1954年に返還され自衛隊の基地となりましたが、ここに「核の訓練学校」があったといいます。ソース元となる報道された動画はこちら

TV報道という点を一歩引いてみる必要はあるとして、これは日本人の知らない衝撃的な内容だと思ったので、こちらにまとめてみました。

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元在日米軍の1人目・チャールズ・ブラウン氏によると、彼は岐阜の「米軍核化学学校」の課程を修了したと言います。

そしてこの核学校の実態は、航空自衛隊でもはっきり把握していないとのこと。簡単な配置図の地図があるのみ、と。

ブラウン氏によると、この核学校が作られたのは朝鮮戦争の翌年(1951年)であり、ここで、核兵器使用を想定した訓練を受けていました。

そして放射性物質は、この岐阜基地(現・航空自衛隊岐阜基地)に埋められたというのです。

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以下、元指導教官のダグラス・ロッキー氏は岐阜の核訓練学校で教えていたといいます。

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岐阜に核の学校が存在し、そこで実際に米軍による、核を使った訓練がされていたー北朝鮮、中国そしてソ連への核攻撃を行うことを真剣に検討し、そのための訓練がされていたというのです。

25年余りアメリカの核配備を追い続けた、元・沖縄タイムスの国吉さんは、沖縄にも核を持ち込み、いつでも核を使える体制を持っていたのではないか」と指摘しています。

そして、その核兵器は沖縄から本土の基地に輸送され持ち込まれていたといいます。

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「アメリカ本土でも核兵器が整備されており、三沢基地で核兵器を配備した」と元空軍兵士のカーペンター氏は証言します。三沢基地も、紛れもなくアメリカの核攻撃の拠点だったといいます。

彼は沖縄で6年間、核兵器の整備兵をつとめていたといいます。特別な資格が必要で、極秘の任務だったと。

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通常の核兵器、そして水爆を整備していたといいます。以下核兵器、マーク7は、長崎型核兵器の3倍の威力といいます。

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アメリカは公式には認めていないものの、沖縄には、核攻撃が可能な戦闘機やミサイルなどが配備がされていたといいます。1冊の電話帳に、そのことがはっきりわかる記述がありました。

3888時間にも及ぶ、核兵器の攻撃訓練も行われていました。

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三沢基地では・・・

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日本の核攻撃拠点

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日本中が核攻撃の拠点となっており、いつ戦争が起こってもおかしくない中で、日本国民には一切知らされていなかったといいます。

また、日米の間の旧安保条約には、核の持ち込みを規制する仕組みはありませんでした。その後、安保条約が改定され、日本への核持ち込みには事前協議が必要となったものの、引き続き日米の間には「密約」が存在していたといいます。

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日本政府は長い間、この密約を否定してきました。しかし、外務官僚のトップと事務次官を務めた村田氏は、肺がんで亡くなる4ヶ月前、密約の存在を暴露したのでした。

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福島第一原発事故の後の瓦礫焼却や、今年決まった8000bq汚染土埋め立ての問題以前に、もうそれよりもずっと昔から、このように日本は核の「拠点」であり、放射性物質も埋められていた。

そして日本に自由に核を持ち込めるよう密約も存在した。

日本の闇は、多くが知っている以上に深いものと思います。
 

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